東京新聞「本音のコラム」(2010/5/5)      斉藤 学 羨望の怖さ  検察審査会が民主党・小沢一郎幹事長を起訴相 当とした。この審査会は選挙人名薄から無作為に 選出された十一人だそうで、だから「民意の反 映」になるという。それが全員一致とは空恐ろし い。古代ギリシャの都市国家アテネを衰退させた 陶片追放を思わせる。検察情報を垂れ流すマスコ ミに洗脳され、権力者や成り金は必ず悪人と信じ こんでいる「無力な善人」たちの羨望は怖い。  二十世紀前半の英国で活躍した精神分析家メラ ニー・クラインは「羨望こそ諸悪の王」と述べて いる。著書『羨望と感謝』の冒頭にはエンヴィ (羨望)という英語が「他人の持ち物を横目で睨 む」というラテン語に由来すると記されている。  乳児は母乳を貪りながら、宝物をもたらす乳房 をわがものにすることをたくらむ。患者は治療著 が自分に向ける関心を貪りつつ、治療著の「良い もの」を羨み、わが身の不足を嘆く。治療とは乳 児的な羨望に満ちた姿勢(ポジション)から抜け 出させることだ。  故白川静氏によれば羨とは「涎を垂らすこと」 望とば「巫女の目の隈取り」。古代中国の王たち は巫女たちの目を並べて他国の領土をわがものに するために観望した。  涎を垂らしながら他者の持ち物を羨み、奪取を たくらむとは卑しい。日本社会がこんな劣情に支 配され続けているのを確認しなければならないの は残念だ。(精神科医)